今日は「ゆづるはの会」の勉強会だった。太宰府市文化財課の中村氏をお招きしての「菖蒲ヶ浦古墳群」についての勉強会に参加した。
太宰府市高雄山の遠望。出土した鏡(方格規矩鏡)。
〇方格規矩鏡・・・方格規矩鏡(ほうかくきくきょう)とは、漢鏡の一種で、鏡背の内区がいわゆる方格(四角形)と規矩(TLV)によって分割され、その内部に細線による主文様を有する鏡の総称。内部に配される文様は様々でそれによってさらに細かく分類される。別名として、特に欧米ではTLV鏡(英語: TLV mirror)と呼ばれるほか、博局文鏡とも言われる。
〇出土した鏡は葛織物で覆われていたとのことで、非常に貴重な物であると考えられる。


高雄山山頂(151m)・・・筑紫女学園の生徒を見守る様に校舎の裏手に聳える山。石穴観音にも隣接し、何やら古代の重要な歴史が隠させている様な雰囲気のある低山だ。
〇菖蒲ヶ浦古墳から出土した鏡は最新技術で、鏡の周囲の文字らしき物を分析中だそうだ。鏡は葛織物に包まれていたとのことだから、かなりの貴重性がある。現在日本の古墳から多数出土する「三角縁神獣鏡」の様な国産の鏡と違って、中国王朝から下賜された物であれば、「大宰府古代九州王朝説」が、一気に信憑性を帯びて来ることになるかも知れない。・・・ワクワクして来るね(笑)。
〇「大宰府古代九州王朝説」・・・九州王朝説は、7世紀末まで九州に日本を代表する王朝があり、太宰府がその首都であったとする説である。邪馬台国から5世紀の「倭の五王」までを九州に比定する論者は、古くは鶴峰戊申から太平洋戦争後では長沼賢海らがいる。古田武彦も九州の邪馬壹國(邪馬臺國)が倭国の前身であるとし、その後、九州に倭国が成立したが、天智天皇2年(663年)「白村江の戦い」の敗北により滅亡に向かったとしている。ただ2021年(令和3年)現在、井上光貞、榎一雄、山尾幸久など複数の東洋史・日本史学者等は古田説を批判しており、主要な百科事典や邪馬台国論争の研究書には記載されていない。注:本記事は、古田史学会で発表された論文や九州王朝説支持者の著作の内容などを含むため、古田説とは異なる。また互いに矛盾する箇所もある。