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そうだ!山に登ろう

登ってきました!あの山この山!

太宰府周辺から筑紫路早朝花散歩。

今朝は、足の状態も自然治癒で回復したみたいなので、久し振りに九重を周回しようかと思っていたが、天気予報が芳しく無かったので、大宰府周辺と筑紫路を早朝限定で花散歩することにした。まずは岩屋城跡で御来光の風景を眺め、今時の気になる山野草の「フウラン」を眺めに走った。74日。2645日。


先日同様に「創造の森」から朝焼けと御来光の展望を眺めたいところだったが、時間が間に合わずに、急ぎ岩屋城跡で眺めることにした。御来光の出は雲の中だったが、素晴らしい朝焼けを眺めることが出来た。宝満山方面の朝焼けの展望。
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脊振山方面の朝焼けの展望。耳納連山方面の朝焼けの展望。
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夜明け前直前のアフター満月。7月の満月は、オス鹿の角の生え変わりが完了する頃などから「バックムーン」と呼ばれます。
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岩屋城跡では珍しく「コオニユリ」が沢山開花していた。宝満山の遠望を飾るコオニユリ。
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神社三社に参拝。筑紫神社、坂本神宮、荒穂神社。
〇筑紫神社・・・創建は不詳。元々は城山山頂に祀られていたが麓に移されたという説、当初から現在地に祀られたという説がある。「筑紫」の名称は、九州を「筑紫嶋」(古事記)または「筑紫州」(日本書紀)といったように広義では九州全体も指したが、狭義では筑紫神社周辺の地名を指すとされる。考古学的には、当地周辺の背振山地東部の低丘陵地は弥生時代中期において甕棺墓の分布中心部、後期においては青銅器生産の中心地であった。銅鐸祭祀の源流も一帯の地域にあると見られるがその盛行には渡来系の知識が欠かせず、前述の白日別・五十猛命の伝承も合わせると、渡来者集団による祭祀が指摘される。
〇荒穂神社・・・当初の鎮座地である基山の山頂は、国特別史跡である基肄城の跡地で知られています。基山は瓊々杵尊が国見した霊地とされ、始まりは瓊々杵尊から神武天皇に遡のぼるとも考えられています。主祭神として瓊々杵尊を祀り、瓊々杵尊を助け、植林事業を恢興した五十猛命を配祀神として、基山の山上に社を建てたと伝えられています。当初の鎮座地である基山の山頂は、国特別史跡である基肄城の跡地で知られています。
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本日の一番鑑賞目的の「フウラン」。見事に満開状態!!。
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政庁跡環濠の中ではピンクの「スイレン」が遅れて開花を始めていた。散歩を終えて自宅に向かう9時半には早くも30℃を超えていた。今日も夕立があったし、明日はまとまった雨が降る予報だ。少しは涼しくならないかな。
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ナツフジ、カイノキの実。
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by kabuto1952 | 2025-07-13 18:33 | 大宰府散歩道の四季 | Trackback
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