人の混み合う場所は大嫌いだが、今年から来年にかけては未踏の海岸線や観光地・聖地を沢山訪れてみようと思っているので、「吉野の桜」も生涯に一度は眺めておくことにした。時節的に桜吹雪舞うルートを、大峰奥駆道までの12kmを楽しんで歩いて来よう。
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近鉄吉野駅【歩きスタート】・・・七曲坂・・・黒門・・・旅館街・・・金峯山寺蔵王堂(拝観、秘仏本尊特別ご開帳)・・・中千本・・・上千本・・・吉野水分神社・・・高城山展望所(弁当昼食)・・・金峯神社・・・奥千本・・・(大峯奥駈道)・・・青根ヶ峯(大峯奥駈道)・・・蜻蛉の滝・・・あきつの小野公園【ゴール】。
〇金峯山寺蔵王堂・・・
金峯山寺は吉野山のシンボルであり修験道の根本道場です。金峯山とは吉野山から山上ヶ岳(大峰山)にいたる山々の総称で、“金のみたけ”という意味。山上ヶ岳にある大峰山寺への玄関口の役割を持っています。創立年代は不明ですが、その昔、役行者が金峯山を開き、平安時代に聖宝理源大師が蔵王権現像を安置したといわれています。以降、中世において隆盛をきわめ、現在も金峯山修験本宗総本山として偉容を誇っています。
蔵王堂は、金峯山の高台にそびえたつ、東大寺大仏殿に次ぐ木造の大建築で、現在の本堂は1592(天正20)年に再建された、室町末期を代表する建造物です。正面5間、側面6間、建物の周りに藻腰を付けた入母屋造り、桧皮葺。高さが約34mもあるので、吉野を巡る折々にその威風を見ることができます。本尊として3体の蔵王権現像をまつり、中尊の高さは7m余りの巨像。堂内は内陣と礼堂からなり、松やチャンチン(ツツジの一種)など自然木を素材のまま使った柱68本が林立するさまは豪壮です。また、内陣の2本の金箔張りの化粧柱や須弥壇は太閤秀吉が花見の際に寄進したものといわれ、桃山建築の美しさを残しています。
〇吉野水分神社・・・水の分配を司る天水分大神(あめのみくまりのおおかみ)を主祭神に玉依姫命(たまよりひめのみこと)(神像は国宝)以下6柱の神を祀る世界遺産の神社。子守宮(こもりのみや)ともいい、子授け・安産・子どもの守護神として篤く信仰されている。豊臣秀吉が子授け祈願をし、その子秀頼を授かったことから、現在の社殿はその申し子である秀頼が慶長9年(1604)年に再建したもので、桃山様式建築の三殿一棟の本殿・幣殿・拝殿・楼門・回廊は国の重要文化財に指定された美しい建築。

〇高城山展望所・・・標高7 0 2 mの高城山は、 鉢伏山とも呼ばれる円錐形の山で、 元弘3年(1333)、 吉野で鎌倉幕府倒幕の兵を挙げられた大塔宮護良親王の吉野城の詰め城として、 砦が築かれ、 躑躅ヶ城(つつじがじょう) とも呼ばれたところです。遠く大阪府と奈良県の境をなす金剛葛城の山並みや三重県との境にある高見山も望めます。
〇金峯神社・・・吉野山の奥千本にひっそりと立つ古社で、金峯山(吉野山から大峯山上ヶ岳一帯)の地主の神 金山毘古神(かなやまひこのかみ)を祀る。昔からこの神を生物の枯死を防ぐ神として崇敬された外、金峯総領の地主神として金鉱の山を司る黄金の神として祀られてきた。中世以降修験道の行場として知られる。拝殿は、旧吉野神宮にあった拝殿を移築された。社殿を少し下った所に、
追っ手に追われた源義経が身を隠したという義経隠れ塔が残る。追っ手に囲まれた際、屋根を蹴破って逃げたことから蹴抜けの塔ともいわれる。
〇蜻蛉の滝・・・雄略天皇ゆかりの“蜻蛉の滝”から吉野山最高峰“青根ヶ峰”を歩く。第21代雄略天皇を虻から救ったという蜻蛉(とんぼ)伝説に由来する蜻蛉の滝から吉野山最高峰青根ヶ峰を越え、宮滝へと至るルートです。松尾芭蕉をはじめ多くの文人墨客が訪れたとされる蜻蛉の滝は、滝見台から覗き込んだり、下から見上げたりと様々な角度から眺めることができるほか、上千本・中千本を一望できる高城山展望台、大和国四水分神社筆頭の式内大社である吉野水分神社など、各所に見所がたっぷり。せせらぎの音を聞きながら木立の中を進めば、四季折々の美しい自然と由緒ある歴史が訪れる人を出迎えてくれます。
〇「小屋番」が4月の三日間で天神の「キノシネマ」で上映される。予定している瀬戸内ウォーキングの日程と重なるのだが何とか鑑賞したいものだ。壮大な「八ヶ岳」の四季の風景をスクリーンで楽しめそうだ。
