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そうだ!山に登ろう

登ってきました!あの山この山!

柳生の里&鎌倉時代石仏巡り・・・その2。

9日の昼食後は「柳生の里」のウォーキングを楽しんだ。
柳生の森・大和柳生古城跡(13:12)~旧柳生藩家老屋敷~柳生八坂神社~旧柳生藩陣屋跡~天乃立石神社~一刀石~芳徳禅寺(15:32)。歩行距離4.4km。

〇旧柳生藩家老屋敷・・・柳生藩の財政立て直しを行った、家老小山田主鈴の旧屋敷。 豪壮な石垣がみごとで、天保12年(1841)尾張石工が築いたと刻まれています。 昭和39年作家山岡荘八氏の所有となり、氏の小説「春の坂道」(NHKでドラマ化)の構想を練った屋敷として注目を集め、氏の亡き後は、その意志により、奈良市へ寄贈されました。
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〇武家屋敷内部・・・奈良県下唯一の現存する武家屋敷で、昭和39年(1964)より作家・山岡荘八が所有することに。柳生宗矩を主人公にしたNHK大河ドラマ『春の坂道』は、この屋敷で構想が練られたという。山岡の没後は、彼の遺志により奈良市に寄贈された。以降は奈良市が修復を行い、小山田主鈴と柳生藩、山岡荘八に関する資料館として一般公開。現在は柳生観光協会も兼ねている。見どころは往時のままに残されている殿様用客間や、美しい庭園。特に、庭は主鈴の茶の湯の師匠だった木津宗詮の指導を受けて作庭したと伝えられている。道の西側に見える石垣も見事で、尾張石工が築いたという。
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〇摩利支天山・・・摩利支天山は、剣豪の里「柳生」エリアの中心部、「柳生八坂神社」や「陣屋跡」に近い場所にある小高い丘(山)です。柳生の集落を望む眺めの良い空間には、隣接する柳生八坂神社も創建した柳生藩2代藩主の柳生三厳の子柳生宗冬が武道・武将の神様としても信仰を集めた「摩利支天」を祀ったとされており、かつては祠があったとされています。現在は祠は残されていませんが、それにちなんで「摩利支天碑」と呼ばれる石碑もあり、摩利支天のレリーフが刻まれています。
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〇柳生八坂神社・・・柳生八坂神社の元社です。創建は正治年間(1200年頃)の伝へがあります。今の社殿は元禄4年(1691年)の建築で県指定の文化財となっています。祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)。相殿に八幡大神・春日大神が鎮座し、末社に稲荷神社、御霊神社・吉田神社(合祀)と、天手力雄神社・明治8年松毛の森から遷座した宗像神社(合祀)との三社があります。
〇柳生陣屋跡・・・柳生藩の陣屋の跡地。江戸時代初期に将軍家の兵法指南役となった大和柳生藩初代藩主・柳生宗矩が、新陰流を創始した父・柳生石舟斎宗厳の菩提を弔うために芳徳禅寺を建てたのち、寛永14年(1642)に3年かけて完成させたという。『柳生藩日記』によると、坪数は1374坪(454㎡)、表は竹の枝門と記されている。その後、宗冬に増築整備されるものの、延享4年(1747)の火災により全焼し、仮建築のまま明治の廃藩により姿を消した。現在はかつての屋敷跡の遺構に沿って石積みがなされ、史跡公園となっている。春は桜の名所として知られる。
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〇天乃石立神社・・・柳生町の戸岩谷にある天乃石立(あまのいわたて)神社。本殿を持たず四つの巨石が御神体として崇められている。手力雄命(たぢからおのみこと)が、天岩戸の扉を引き開けた時に、力余って、ここまで飛んで来た岩戸の扉であるという伝承がある。柳生家の修練の場とも呼ばれ、歴代柳生家の崇敬があつかったといわれている。
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〇一刀石・・・この辺りは昔、士族である柳生家の修行地だったようです。そして、当時ここでは柳生石舟斎が天狗と試合をし、一刀のもとに天狗を切り捨てたと思った刀がその場にあった巨石を二つに割った伝説があります。そして現代の柳生一刀石は、鬼滅の刃の主人公が岩を一刀両断する名シーンを再現できる場所として、県内外の漫画・アニメファンの人気スポットとなっています。
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〇芳徳寺・・・芳徳寺は、奈良県奈良市柳生下町にある臨済宗大徳寺派の寺院。山号は神護山で、本尊は釈迦如来。芳徳禅寺とも称される。柳生藩主柳生氏の菩提寺。かつては柳生城があった柳生の地区を一望できる高台に位置し、門前の坂の途中に正木坂剣禅道場を構える。また寺に隣接して柳生藩の資料を展示する史料室がある。柳生家の墓地は元々は中宮寺(現・奈良市柳生下町)にあったが、芳徳寺の創建に伴って改葬され、芳徳寺裏の墓地に柳生藩主・柳生氏一族代々の墓石が80基あまりが並ぶ。柳生一族の墓地は紅葉の名所としても知られる。北から寺へ登る坂が霊源坂、その登り口の橋は古楓橋であり、東南の小高い台地である山王台(清風台)とともに柳生十景に挙げられている。また、霊源坂の中ほど東側の地が柳生宗厳(石舟斎)の居住地とされる。
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帰路での船上から眺めた神戸港夜景。
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今回は天候悪化の為に、航行中は行きも帰りもデッキに出ることが禁止されていたので、大橋の景を眺めることが出来なかった。下記写真の下部が展望室から眺めた「来島大橋」の夜景。
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by kabuto1952 | 2025-01-09 09:43 | 第一観光ウォーキング&登山 | Trackback
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