泉大津港(6:00)――高雄山岩船寺(拝観/本堂・三重塔見学、ご法話)【ウォークスタート/約3km】・・・(十鎌倉中期~後期に彫られたとされる摩崖仏やお地蔵様等を見学しながらウォーキング)・・・小田原山浄瑠璃寺(拝観/国宝 九体阿弥陀仏と本堂、薬師如来や三重塔見学、ご法話)・・・山門前――なら和み館(地元食材の絶品昼食、お買物)――柳生の里・・・【里内めぐり/約3.5km】・・・柳生の森・大和柳生古城跡・・・旧柳生藩家老屋敷(入館)・・・柳生八坂神社・・・旧柳生藩陣屋跡・・・天乃立石神社・一刀石・・・正木坂剣禅道場(見学)・・・芳徳禅寺・・・もみじ橋・・・駐車場――神戸港(18:30)。
〇高尾山岩船寺・・・岩船寺(がんせんじ)は、京都府木津川市加茂町岩船にある真言律宗の寺院。山号は高雄山(こうゆうざん)。本尊は阿弥陀如来。開山は行基と伝える。アジサイの名所として知られる。岩船寺は京都府の南端、奈良県境に近い当尾(とうの)の里に位置する。この地区は行政的には京都府に属するが、南山城は地理的には奈良に近く、文化的にもその影響が強い。近くには九体阿弥陀仏で知られる浄瑠璃寺がある。岩船寺、浄瑠璃寺付近には当尾石仏群と称される鎌倉時代を中心とした石仏や石塔が多数残り、その中には鎌倉時代の銘記を有するものも多い。当地は中世には、南都(奈良)の寺院の世俗化を厭う僧たちの修行の場となっていた。「岩船寺縁起」によると当寺の創建は、天平元年(729年)に聖武天皇が出雲国不老山大社に行幸した際の発願によって大和国鳴川(現・奈良市東鳴川町)の善根寺(鳴河寺)にいた行基がその境内に阿弥陀堂を建立したことに始まる。
〇当尾石仏群・・・当尾磨崖仏文化財環境保全地区は、京都府木津川市東南部、旧当尾村(とうのおむら)地区にある京都府決定の文化財環境保全地区である。浄瑠璃寺と岩船寺を結ぶ山道1.5キロメートルを中心として広範囲に平安時代から室町時代の石仏や石塔が点在する地区で、当地の石仏群は一般に当尾の石仏と呼ばれる。
〇小田原浄瑠璃寺・・・浄瑠璃寺は、京都府木津川市加茂町西小(字)札場(にしお ふたば)にある真言律宗の寺院。山号は小田原山。本尊は九体阿弥陀仏・薬師如来。開基は義明上人である。
寺名は薬師如来の居所たる東方浄土「東方浄瑠璃世界」に由来する。本堂に9体の阿弥陀如来像を安置することから九体寺(くたいじ)の通称があり、古くは西小田原寺とも呼ばれた。緑深い境内には、池を中心とした浄土式庭園と、平安末期の本堂および三重塔が残り、平安朝寺院の雰囲気を今に伝える。本堂は当時京都を中心に多数建立された九体阿弥陀堂の唯一の遺構として貴重である。堀辰雄の『浄瑠璃寺の春』にも当寺が登場する。浄瑠璃寺の所在する旧当尾村地区は「当尾の里」と呼ばれ、付近には当尾石仏群と呼ばれる、鎌倉時代にさかのぼる石仏、石塔などが点在している。行政的には京都府に属するが、地理的には奈良の平城京や東大寺からも近く、恭仁宮跡(奈良時代に一時期都が置かれた)や山城国分寺跡も近い。
かつて堀辰雄の随筆「浄瑠璃寺の春」に描かれたのどかな山里の古寺は、半世紀を経た今日、年間を通じて訪れる人も多く、特に春秋のシーズンともなるとさながら当尾銀座の様相をみせています。

〇柳生の里・・・剣術家の宗矩、剣豪の十兵衛で知られる柳生氏の里。江戸時代初期の剣術家である柳生宗矩(むねのり)が徳川家に剣術指南役として仕えた後、柳生藩藩主となり治めた地。その長男・三厳(みつよし)が、数々の逸話で有名な剣豪・柳生十兵衛だ。現在の柳生は緑豊かな山里で、江戸末期の創建の姿を残す「旧柳生藩家老屋敷」や藩庁だった「旧柳生藩陣屋跡」、十兵衛が諸国漫遊の前に植えたと伝わる「十兵衛杉」などが残る。