11日6時に泉大津港に到着後、朝熊岳登山口までバスで向かい、朝熊岳道登山道入り口を9時半にスタートした。晴天に恵まれ、総勢28名の参加で、ガイドさん三名と一緒に朝熊岳登山と伊勢神宮参拝を大いに楽しむことが出来た。
*駐車場(9:20)~朝熊岳道入口(9:30)~朝熊峠(11:27)~朝熊山山頂(11:50)~奥之院~金剛證寺(12:25)~朝熊山展望台。伊勢神宮(内宮)参拝。163日。
登山道は全体的に良く整備されて、歩きやすい登山道だった。

海に近いエリアなので、綺麗な海の展望を楽しみにしていたが、雑木や杉林が立ち込めて展望出来る場所は少なかった。登山道からの伊勢湾の展望。

この登山道一番の展望所(二十二町朝熊峠見晴台)。素晴らしく綺麗な海の風景だったが、残念ながら富士山の展望は無かった。

山頂を通過後に、時間が遅れがちになって来たので、トラバースして「奥之院」へと向かう。
〇朝熊山奥之院・・・
伊勢志摩地方では「亡くなった人の魂は朝熊山に昇る」と考えられ、葬儀の後は宗派を問わず奥之院を訪れ、卒塔婆を建て供養する習わしがあり、これを岳参りと呼びます。極楽門を越え長い卒塔婆群の先に、延命子安地蔵菩薩を本尊とする奥之院があります。富士見台としても名高く、「海を呑む 茶の子の餅か 不二の雪」という一休の句碑が建っています。毎年開山忌(6/27~29)に数万人の人々が参詣します。


奥之院から金剛證寺へと向かう。
〇本堂は国指定有形文化財。御本尊福威智満虚空蔵大菩薩(ふくいちまんこくうぞうだいぼさつ)は日本三大虚空蔵菩薩の一つで、20年に一度、神宮式年遷宮の翌年にご開帳されます。「お伊勢参らば朝熊をかけよ、本堂を参拝した後は奥之院へ」。
伊勢地方には、奥之院に角材でできた卒塔婆を建て故人を供養する「岳参り」という風習があります。奥之院に続く道の両側には、高さ2~8メートルの卒塔婆が延々と建立されており、全国でも類を見ない光景となっています。
〇金剛證寺・・・当山の草創は古く欽明天皇の頃、暁台上人によって開かれ、平安時代には弘法大師(空海)によって堂宇が建立され、密教修業の一大道場として隆盛を極めました。その後応永年間(1394~1427)に鎌倉建長寺開山大覚禅師の法孫である仏地禅師(東岳文昱)が法燈の衰微を嘆き再興して以来、禅寺に改められ、現在は臨済宗南禅寺派の特例地です。
境内の庭は、朱色の連珠橋を境に、迷いの世界(此岸)と悟りの世界(彼岸)が表されています。また、この池は弘法大師が掘ったと伝えられ、数百の睡蓮の花が5月中旬から9月にかけて咲き誇ります。
〇
池の向こう岸(彼岸)に建つ御堂は、神仏習合思想の神像、雨宝童子尊を祀る。この神像は、大日如来の化身である天照大神が日向国(宮崎県)に降り立った十六才の御影(おすがた)を、弘法大師が感得して刻まれたと言い伝えられ、国の重文である。〇仏足石・・・本堂へ通じる石段をあがるところに仏足石があります。日本最古の仏足石で国宝です。
〇石段をあがったところ向かって左に福丑、右に智慧寅が鎮座しています。福丑に触れれば心清く意志堅固となり福徳智慧増進し身体健康の御利益が授けられると書かれています。
智慧寅は、まさに寅の像で大変勇ましい顔をしており、御本尊の広大なお智慧を戴いた寅の像と案内板に書かれていました。

〇仁王門・・・現在の仁王門は昭和54年に再建されたもので、元の仁王門は元禄14年徳川家桂昌院により創建されました。仁王門の裏側の左右に安置されている像は、雨宝童子と明星天子の像で、雨宝童子とは両部神道において天照大御神が、日向に下生した時の姿とされています。
〇桂昌院・・・[1627~1705]徳川5代将軍綱吉の母。京都の人。名は宗子。お玉の方。3代将軍家光の側室となり、
家光の死後、大奥に勢力をふるった。仏教に帰依し、綱吉に生類憐みの令を出させたといわれる。護国寺を建立。

金剛證寺から朝熊山展望台に向かい、昼食休憩をとる。素晴らしい晴天だったが、風が強く寒かったので、「松阪牛弁当」を急いで食べた。展望台の標高は500m。
〇昭和天皇御製歌碑・・・昭和天皇が昭和50年(1975年)秋に開催された三重国体ご臨席のためご来県の折、10月27日午前 朝熊山山頂にご来遊され、お詠みになった御製歌です。『朝熊山の眺望』・・・
をちかたは 朝霧こめて 秋ふかき 野山の果てに 鳥羽の海みゆ。「をちかた」= 遠くの所、ずっと向こうの方
〇「天空のポスト」・・・伊勢志摩スカイライン展望台に設置された、その名も「天空のポスト」。天空のポストは、もちろん郵便の集荷が行われます。ここから、送られた郵便物で思いが伝わるかも!?この天空のポストは、NPO法人地域活性化支援センターの「恋人の聖地プロジェクト」より、三重県で3カ所目の恋人の聖地(サテライト)に選定されました。
〇山頂広場には、朝熊山を愛した御木本幸吉翁ゆかりの「籠立場の碑」があります。
〇朝熊山展望台から眺めた「朝熊ヶ岳」(555m)の展望。

伊勢神宮(内宮)に参拝。35年ぶりかな。当時は家族で正月の参拝に来たが、名古屋駅前支店勤務時代と共にとても懐かしく思い出された。来春は、鳥羽湾の島巡りを兼ねて必ず再訪したいものだ。
〇宇治橋・・・内宮への入口、
五十鈴川にかかる宇治橋は、日常の世界から神聖な世界を結ぶ架け橋といわれています。宇治橋の正面に立つ美しい大鳥居の姿を眺めると、すべての人々は心が洗われ、身も心も正して清浄な宮域に入る心構えの大切さを感じさせてくれます。内宮のお参りは宇治橋の前で一礼し、緑豊かな神路山、島路山の四季の移ろいを感じながら宇治橋を渡ることから始まります。
〇「正宮 皇大神宮」・・・皇室の御祖神であり、国民から総氏神のように崇められる天照大御神をお祀りします。約2000年前に御鎮座されました。
〇五十鈴川・・・五
十鈴川は、「御裳濯川」とも呼ばれ、倭姫命が御裳のすそを濯いだことから名付けられたと伝えられます。神路山を水源とする神路川と、島路山を源とする島路川の二つの流れが、合流して五十鈴川となります。御手洗場の流れは清らかさの象徴。内宮参道の右手のゆるやかな斜面を下りていくと、元禄5年(1692)徳川綱吉の生母、桂昌院が寄進したといわれる石畳を敷き詰めた御手洗場が見え、ここでは手水舎と同じようにお清めができます。昔ながらに五十鈴川の澄んだ流れで身も心も清めてからお参りしましょう。

お土産は、伊勢神宮に参拝すれば「赤福」だね。「おかげ横丁」の行列に並んで限定品の「白餅黒餅」と一緒に購入した。自分は、「綾部のぼた餅」や「梅が枝の餅」の方が好きなんだだけどね(笑)。家内は「赤福」の方が上品な甘さで好きなんだそうだ。

ムラサキシキブ(登山道)、サザンカ(伊勢神宮)、タラヨウ(伊勢神宮)、白梅(奥の院)。

帰路にて「明石大橋」。昨年の「山辺の道」、「清水山ウォーキング」、「鞍馬山ウォーキング」、「三輪山登拝」に続き、今回で五回目のフェリー旅となった。来年早々に「柳生の里ウォーキング」に申し込みしているが、三月までのウォーキング企画で興味があるのは、「大和三山ウォーキング」、「竹生島ウォーキング」、「淡路島最高峰ウォーキング」だ。毎月の楽しみだね(笑)。
