10日の午後からは雨の降る予報だったので、芥屋海岸のダルマギク鑑賞と伊都国歴史博物館で開催中の「吉備と伊都国」の展示物を鑑賞に行くことにした。
曇天の予報だったので、芥屋海岸のキャンプ場横の歩道から御来光を眺めることにした。風情のある朝焼けの光景だった。

可也山上空の雲を御来光が染める。広範囲に朝焼けが広がることを期待したが、このエリアだけだった。次回は、久し振りに可也山山頂から御来光を眺めたいものだ。数年前に可也山山頂で御来光を眺めた時に、地元の方から、周囲に猪が多いから危険ですよとアドバイスされたので、以後御来光鑑賞には登っていない(笑)。

ダルマギクの開花は例年より少なかったが、寒空に可愛らしく開花していた。

ハマベノギクとダルマギク。ハマベノギクの開花は極端に少なかった。何とか綺麗に開花しているのを探してパチリ!!。
〇ハマベノギク・・・ハマベノギクは,海岸の砂浜や岩場に生える野菊の仲間。地面を這うように茎を伸ばして大きな頭花を咲かせる様は見ごたえがある。
自生地は中部以西の日本海側に限られる。中部から近畿では砂浜に多いが,九州では岩場で見かけることが多い。一般に,1年目はロゼットで冬を過ごし,翌年の秋,花を咲かせるとその個体は枯れる2年草といわれるが,ひとつの個体からいくつものロゼットを出し,それぞれの枝が花を咲かせると枯れる多年草的なスタイルを持つ個体もある。この傾向は,西の地方ほど顕著になる。

芥屋海岸から伊都国歴史博物館へ向かう。途中で平原遺跡に立ち寄る。立派な案内板が設置されていた。下記の文は、案内板に説明されている文の一部を抜粋したものです。
〇
日本国の起源は糸島にあった・・・八咫鏡が出土し、初代天皇の母が埋葬されたことから、
原田大六はここ平原が天皇家誕生の地であると説きました。さらに古事記の「天孫降臨伝説」について、原田大六は平原弥生古墳の出土品や、南東にある日向峠などの地名から「舞台は宮崎県高千穂では無く、古代伊都国である」と考えました。それでは、伊都国にに栄えた王権は何処に行ったのでしょう。原田大六は、倭国を治める仕組みを再構築するため、国の中心を近畿地方に移したと説いています。
〇この遺跡は伊都国の王墓と考えられる1号墓を中心とした墳墓遺跡で、昭和40(1965)年に発見されました。発見は偶然によるもので、土地の持主がミカンの木を植えるための溝を掘ったところ、多数の銅鏡の破片が出土しました。そこで原田大六氏が調査主任となって、大神邦博氏とともに発掘調査が行われました。1号墓は14メートル×12メートルの四隅が丸い長方形でその中央に木棺が埋葬されていました。この墓は弥生時代終末期(約1800年前)に造られたものです。副葬品は銅鏡40枚、鉄刀1本、ガラス製勾玉やメノウ製管玉などの玉類が多数発見されています。銅鏡のなかには直径46.5センチメートルの内行花文鏡が5枚ありますが、これは日本最大の銅鏡で非常に貴重なものです。また、ひとつの墓から出土した銅鏡の枚数も弥生時代としては日本一で、伊都国王の墓にふさわしい内容です。この墓に葬られた人物は女性、すなわち女王ではないかと考えられています。その理由は、副葬品の中に武器がほとんどないこと、ネックレスやブレスレットなどの装身具(アクセサリー)が多いこと、中国で女性が身につける「耳とう」といわれるイヤリングが副葬されていることです。〇平原遺跡は多くの謎につつまれた遺跡です。下記の写真の様に、そのひとつは発見された銅鏡が全て割られていたということです。当時、銅鏡はとても貴重なものでした。普通ならていねいに墓に納められるのですが、ここではバラバラに割られていました。なぜ貴重な銅鏡が割られていたのかは謎です。
〇投馬国(とうまこく、つまこく)は、3世紀に日本列島に存在したとされる国のひとつである。『三国志』「魏書」東夷伝の通称「魏志倭人伝」によれば、投馬国は、不弥国から南へ水行20日の位置にあったと記述されている(放射状に読む説では伊都国から南へ水行20日と解される。同じ放射状に読む説でも末廬国を起点とする説もある。また直線式か放射状かに関わらず、この部分は「帯方郡の郡治から南へ水行20日」の意味だとする説もある)。5万余戸の人家があり、長官は彌彌(弥弥、ミミ)、副官は彌彌那利(弥弥那利、ミミナリ)と呼ばれている。比定地は、邪馬台国九州説では日向国都萬(つま、都萬神社周辺、現西都市妻地区)説、薩摩国説、五島列島説などがある。瀬戸内海航行説の場合、名称の類似から備後国の鞆とする説などがあり、日本海航行説では出雲国や丹後国、但馬国などにあてる説がある。

〇平原王墓から出土した銅鏡の種類と枚数・・・
〇(超大型)内向花文鏡(5枚)、内向花文鏡(2枚)、方格規矩四神鏡(32枚)、四螭鏡(しち)(1枚)。〇「鏡よ鏡教えておくれ」・・・
平原王土出土の銅鏡の中には、鏡背に意図的に彩色が施された物があり、その数は18面に達する。着色後に切削研磨などの加工が行われていることから、制作過程において着色されたことが分かるが、その着色方法や着色剤については明らかになっていない。弥生時代の遺跡から出土した同鏡で着色されたものは平原王墓以外では発見されていない。平原王墓出土鏡の特徴の一つである。 〇
「八咫鏡」は伊勢神宮の中心である内宮にご神体として祀られていますが、これが、平原遺跡(糸島市有田)から出土した国宝「内行花文鏡」(直径46.5㎝、日本最大の銅鏡)と同じものであるとの説を唱える専門家もいます。「八咫鏡」を実際にみたことのある人はおりませんので、真偽のほどは不明ですが、「八咫鏡」を連想させる、国宝「内行花文鏡」をぜひ当館でご覧になっていただきたいと思います。

海岸で鑑賞した花々。ヤナギバルイラソウ、ホソバワダン、スイカズラ、ハマユウ。

トベラの実、ツワブキ、シャリンバイの実、オシロイバナ。
〇ヤナギバルイラソウ・・・ヤナギバルイラソウ(ムラサキイセハナビ)はキツネノマゴ科ルイラソウ属の多年生草本~低木。
環境省の「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト」において、小笠原や南西諸島へ定着段階の「その他の総合対策外来種」に挙げられている。〇ノゲイトウ・・・ノゲイトウは、熱帯アジア、インド一帯に自生するヒユ科セロシア属の一年草。草丈は最大1m程度に生育し、日本でも関東地方以西の暖地では野生化し荒地や休耕地一面を覆う光景などがみられる。園芸品種として「セロシア」という名称で鉢花や切り花として流通している。
