11月20日~22日の期間で、奈良の「山の辺の道」を歩いて来た。フェリーの往復で二日間かかるので、実際に歩いたのは、21日の一日だけだったが、「石上神社~大神神社」までの13kmに加えて、「神武天皇陵・橿原神宮」の歩きをプラスした15kmの古道ウォーキングを楽しんで来た。三輪山には登っていないが、聖地三輪山の山麓を歩くことが出来て良い体験となった。172日。
ガイドさんが、「今日は、高一点の天気」ですよと言われていた。最高の天気の下で、飛鳥~平城京を結ぶ「日本最古の古道」歩きを、石上神社からスタートした。
石上神社。

内山永久寺跡地からの展望。夜都伎神社。
〇内山永久寺跡・・・永久年間(1113~18)の創建。鳥羽天皇の勅願によると伝わる。鎌倉時代は五町四方の境内に坊舎52、堂宇20を数える大寺院だった。『太平記』には延元元、建武3(1336)年に後醍醐天皇が吉野に移られる際、ここに一時身を隠したと記されている。しかし明治の廃仏毀釈によって廃寺となり、伽藍は廃絶、池だけが現在寺域に残されている。堤の桜は見事で、池畔には芭蕉の句碑が立つ。「うち山やとざましらずの花ざかり」
〇夜都伎神社・・・乙木町(おとぎちょう)にあり、春日大社の御祭神である四神を祀っているので、春日神社とも呼ばれています。60年毎に、春日大社から若宮社殿と、鳥居が移されていました。拝殿は、この地域では珍しい茅葺きとなっています。

環濠集落を歩く。

長岳寺には昼食で立ち寄り休憩する。休憩時間に急いで参拝した。運よく境内のモミジの紅葉風景と大地獄絵図を鑑賞することが出来た。
〇長岳寺・・・天長元(824)年、淳和天皇の勅願により、空海が大和神社の神宮寺として開いたといわれる古刹。かつては大寺だったが、兵火と廃仏毀釈により衰微した。平安時代の端正な鐘楼門(重要文化財)は創建当初唯一の遺構で、楼門と鐘楼を兼ねている。また、江戸初期の重要建築物である宝形造の延命殿も現存している。本尊の阿弥陀三尊像(重要文化財)は玉眼を使った仏像としては日本最古のもので、藤原時代末期の作。秋には横11m、縦4mの大地獄絵が開帳される。庫裏(重要文化財)では名物の三輪そうめん(700円)を食べることができる。平戸ツツジの名所としても知られる。
大地獄絵図は狩野山楽の筆でその法量の大きさ、図の精緻さは他に例を見ない。住職による絵解き説法「閻魔のなげき」が適時行われる。
長岳寺。

崇神天皇陵。

崇神天皇陵を歩く。

景行天皇陵。弓月ケ丘。
〇弓月ケ丘・・・
「玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が丘に霞たなびく」(柿本人麻呂)。今回のガイドさんは、山岳ガイドさんだが、「記紀」「万葉集」にも精通されておられ、ウォーキング中の解説がとても素晴らしかった。次回(1月12日)の「京都清水山ウォーキング」にも申し込んでいるが、彼がガイドをされるとのことなので、再会がとても楽しみだ。

奈良は柿の産地。柿園からのダイヤモンドラインの展望。
〇奈良県の柿・・・カキは奈良県を代表する農産物で、全国第2位の生産量を誇ります。夏のハウス柿(夏柿)に始まり、秋の露地柿、冬の冷蔵柿まで、毎年半年にもわたってカキが出荷されています。奈良のカキの歴史は古く、「正倉院文書」にも記録が残っています。

檜原神社。

三輪山。

狭井神社。三輪山への登山口。
〇狭井神社・・・ 狭井(さい)神社は、正式には狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわのあらみたま)神社とよばれ、大神神社の摂社です。境内は清々しい雰囲気の中にあり自然と神々しい気持にさせてくれます。その歴史は古く、垂仁天皇の時代に創祀され、延喜式神名帳にも記載されている古社で、本社(大神神社)の荒魂を祀る神社です。社殿は入母屋造り(檜皮葺)の拝殿、その奥の階段上に春日造り本殿が西面して鎮座します。 祭神は、大神荒魂神を主神とし、大物主神、媛蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)、勢夜多々良姫命(せやたたらひめのみこと)、事代主神(ことしろぬしのかみ)を配祀しています。

大神神社へ向かう。大和三山のうち畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)の展望。
〇大和三山・・・
橿原市に位置する香具山(かぐやま)・畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)の三山をいいます。平成17年に名勝指定されました。そして、大和三山に囲まれるように、日本で初めての本格的な都であった藤原京の藤原宮跡があります。万葉集では、中大兄皇子が大和三山の争いを詠んだ有名な歌が残されています。「香具山は 畝火ををしと 耳梨と 相あらそひき 神代より 斯くにあるらし 古昔も 然にあれこそ うつせみも 妻を あらそふらしき」

終点の大神神社。

大神神社からバスで移動し、神武天皇陵、樫原神社に参拝。

畝傍山。
〇橿原神宮・・・初代天皇である神武天皇と皇后の媛蹈鞴五十鈴媛命を祀るため、神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされるこの地に、橿原神宮創建の民間有志の請願に感銘を受けた明治天皇により、1890年(明治23年)4月2日に官幣大社として創建された。橿原神宮の設計は、東京帝国大学(現・東京大学)名誉教授を務めた伊東忠太によって行われた。1940年(昭和15年)には昭和天皇が同神社に行幸し、秋には日本各地で紀元2600年奉祝式典が挙行された。この年の参拝者は約1000万人に達したという。現在でも皇族の参拝がある。1948年(昭和23年)に神社本庁の別表神社に加列されている。

橿原神宮境内。

古道沿いで見かけた花木。ムラサキシキブ、フウリンウメモドキ、フユザクラ、ウメモドキ。
〇フウリンウメモドキ・・・ フウリンウメモドキは東北地方南部以南の本州・四国・九州に分布する落葉低木。ブナ林の林縁や谷筋、風の当たらない尾根、湿地の周辺などの明るい場所に生育する。樹高は数mで、ウメモドキによく似た葉であり、薄くて先端は伸びて尖る。葉の脈は裏面に突出しており、主脈および側脈には軟毛がある。表面には毛が散生。6月から7月にかけ、長い柄のある花序を付ける。雌雄異株であり、雄花序は前年枝に形成され、雌花序は新しい当年枝にできる。花弁の長さは1.5~2mmで小さく、目立たない。花序は葉の上に乗っているが、果実が稔ると垂れ下がる。秋に赤く熟し、長い柄の先に垂れ下がる姿が和名の由来となっている。

門司港出向。フェリーで旅するのは大好きだけど、今回の旅で辛かったことは、船内の暖房が効きすぎて、暑くて眠れなかったことだ。往復ともに睡眠不足状態となった為に、今日は一日中寝ていた。

瀬戸大橋の夜景。
