明日から週末まで前回以上の寒波が襲来するみたいだ。今季はまだ、毎年恒例になっている「九重、由布岳、阿蘇山、英彦山」の雪景色を眺めていないが、前日の四王寺山の様に、近隣の山々でも綺麗な雪景色を眺めて歩けそうなので、週末は「宝満山」、「天拝山~基山」の雪景色を楽しむ」ことにしよう。今日も朝からミゾレが降っていたので、一歩も家から出ずに読書三昧で過ごした。「邪馬台国の謎」を読んだが、なかなか面白い奇想天外な論説だった。
宇佐八幡宮には、「応神天皇」、「毘売大神」、「神功皇后」が祀られている。主祭神は応神天皇。宇佐神宮の本殿は、一の御殿、二の御殿、三の御殿に分かれ、主神の位置である中央に配置されているのは、毘売大神であり、本来なら主祭神の応神天皇の拝殿がこの位置にあるべきだが、なぜ毘売大神の拝殿がこの位置にあるのか謎とされている。
〇毘売大神は、宗像三女神「田心御神、端津御姫、市杵島御姫」であろうと伝えられているが、実際には誰か分からずに謎とされている。
〇日本民俗学の大家・柳田国男氏は、自署ではっきりと「毘売大神」とは玉依姫のことだと述べている。
〇毘売大神とは、「卑弥呼」とその次の女王の「台与」の二人を併せて祀ったものだろう???。

「邪馬台国の謎」の作者は、卑弥呼=玉依姫であり、邪馬台国は邪馬台国の場所は大宰府であり、卑弥呼の墓は、我が家の近くに在る「御陵宝満神社」だと推測されている。面白いじゃないか!!・・・正月は、是非とも宇佐神宮、大宰府天満宮、御陵宝満神社に参拝することにしよう(笑)。
〇御陵宝満神社・・・●祭神 「玉依姫命」 「誉田別尊(応神天皇)」、「息長帯姫命(神功皇后)」。
この神社の所在地は御陵といい、祭神玉依姫命の御陵と伝承される古墳跡がある。この玉依姫が竈門山(宝満山)に天降り、太宰府の竈門神社に祀られ宝満の神となったといわれる。現在の御本殿は明治二十九年一月十五日に石造りで再建されたもので、御神庫は世話人白壁喜七外七名の氏名と石工博多浜口国松利七の名が刻まれている。その上に昭和六十年四月に木造銅板葺きの覆屋が建てられている。拝殿は横五〇七センチ、奥行四〇九センチ、昭和六十年四月に一部補修が行われているが、その他の古い棟札等は、すべて紛失している。本殿内に納められている御神体は二体あるが、一体は古くから伝わるという木像で、虫損風損が甚しく頭部や顔面が不鮮明であるが、三〇センチほどの十一面観世音菩薩座像のようである。他の一体は白色大理石造りの半跏思惟像の女神像である。この御神像は昭和五十年に中村ピアノターミナルの社長から寄贈されたものであるが、衣は通肩の短袖で胸はふくよかに大きく開かれ美しい瓔臵を垂れ、頭髪は大きく結いあげられ、左手は左の肩に添え、右手は右足の膝の上に置き、円形の光背を有して像高は四〇センチである。(大野城市史 民俗編より)

インターネットの開通がまだ不十分だ、まずはルーターを取り換え、NTTに出張点検をしてもらったが、各部屋へのネットがLANケーブルで繋がらない、Wi-Fiでも電波が弱すぎて極めて不安定だ。屋根裏の分配器を取り出してみたら、各部屋への信号が点灯していない。この部分の作業は、マンション入居時に配線工事をしてもらった業者でないと出来ないとのことなので、管理組合に連絡して、十数年前の工事をした業者に問い合わせをしたが、なかなか当時の担当者からの連絡が戻ってこない。困ったもんだ!!。スマートフォンでは、爺様には画面が小さ過ぎて上手く使えない(笑)・・・早く温かい春にならないかな。もう数年前の様に、冬の寒い日に山に向かって飛び出して行く元気はすっかりなくなってしまったな(笑)。明日は「冬至」だ・・・冬来たりなば春遠からじ。
