今日は前回のリベンジで、宝満山の史跡巡りの予定だったが、寒さに負けて早朝は動くことが出来なかった(笑)。よくもまあ、冬季は10年以上も九重を中心に、極寒の山頂で眺めるご来光の風景を楽しみに、鼻水垂らしながらテクテク通ったものだと今更ながらに感心している(笑)。24日からは気温も上昇する予報なので、遠征を開始するつもりだけど、御来光や夕陽を眺め温泉を楽しむ程度の行動で、ロングの登山はもう出来そうにないな(笑)。コロナ禍に対しては、ワクチンの接種は遅々として進んでいないみたいだが、既に六波のピークは通過しただろう。来週になれば、いよいよ春の気配も一段と顕著になって来ることだろう。今日は夕方から前日の残りの万葉歌碑巡りと天拝山の春景色を眺めて来た。
武蔵寺、沈丁花はまだ未開花だった。

ミヤマガンショウとセリバオウレンは開花していた。開花した際は、桜の花が開花したように豪華になる大梅が一輪だけ開花していた。
〇ミヤマガンショウ・・・
〇ミヤマガンショウ・・・深山含笑(ミヤマガンショウ)は、モクレン科ミケリア属のオガタマノキの仲間で、芳香のある大輪の白花を咲かせる品種です。常緑樹で光沢のある濃い緑色の葉が美しく、シンボルツリーや記念樹にも向きます。
観世音寺のナンキンハゼの白い実が青空に映えて、一見梅の花が開花したように綺麗だった。

環濠の中に住みついた二羽のサギは皆のアイドルだ。道行く大勢の人がカメラを構える。

筑前国分寺跡。国分天満宮。
〇国分天満宮・・・国分区(こくぶく)は四王寺山の西南麓に位置し、北は水城区、西は吉松区、東は坂本区、南は通古賀区に接しています。国分という地名は、天平13 年(741)に聖武天皇の詔によって建てられた筑前国分寺(ちくぜんこくぶんじ)によるもので、この他にも国分尼寺跡(こくぶにじあと)、国分瓦窯跡(こくぶかわらがまあと)などの史跡に富んだ地域です。かつての集落は国分寺周辺の農業を生業とする「ムラ(方)」と、日田街道の道筋に沿った商人や職人が多く生活する「マチ(方)」と呼ばれる場所にありました。 国分天満宮(こくぶてんまんぐう)はかつての「ムラ」の住民により祀られています。祭神は菅原道真です。お宮の成立年代や由緒については詳しく分かっていませんが、本殿に「弘化(1844~1847)甲□□□三月吉日」とあることから、およそ170年前から祀られていることが分かります。また、明治5年(1872)に村社に定められたという記録が残っています。
〇筑前国分寺跡・・・聖武天皇は741年、日本全国に国分寺・国分尼寺を建て、七重塔に経典を収めると詔しました。こうして造られたのが、国分寺です。国分寺の総本山は、奈良の東大寺です。筑前国分寺は、大宰府が管轄した西海道(九州)の中では最も早く、756年までに完成したとみられています。これまで金堂、講堂、七重塔、回廊など堂塔跡の遺跡調査が行われ、その成果に基づき整備されています。また、寺を囲む塀が残るところがあり、寺の範囲は192m四方とみられています。なお、金堂跡の上に建てられている現在の「国分寺」には、平安時代後期の「伝薬師如来坐像」(重要文化財)が安置されています。また東200mにある太宰府市文化ふれあい館には、精巧に復元された七重塔の1/10模型があります。

国分天満宮境内の梅の花が飾る四王寺山の遠望。水城跡。

水城跡の展望台から眺めた背振山方面の展望。夕方の天気予報でも紹介されていたが、下記の写真の凄い雲は「ロール雲」と呼ばれるそうだ。
〇ロール雲・・・ローター雲,うね雲とも。 層積雲がいくつもの巻物または丸い棒のように平行して並んでいる場合にいう。 水平な軸のまわりに回転する気流によって生じる。 雄大積雲または積乱雲をとり巻いて巨大なドーナツ状にできるアーチ雲も同様な原理でできる。

〇地震雲・・・地震の前に発生するとされる雲。雲の形は、放射状、渦巻き状、直線状の雲など様々な種類があり、明確な定義もない。
科学的に地震と雲の関連性は実証されておらず、気象庁や日本地震学会などは否定的な立場をとっている。
〇春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮さむ(春になると真っ先に咲く庭の梅の花を、一人で見ながら春の日を暮すことであろうか)。
〇やすみしし 我が大君の 食(を)す国は 大和もここも 同じとそ思ふ(我が大君のお治めになる国は、大和もこの筑紫も同じだと思う)。
〇凡(おほ)ならば、かもかもせむを 恐(かしこ)みと 振りたき袖を 忍びてあるかも(あなたが普通のお方ならあれこれいたしますが、恐れ多いので、振りたい袖をこらえています)。
〇大野山 霧立ち渡る 我が嘆く 息(おき)その風に 霧立ち渡る(大野山に霧が立ち込めている。私が嘆くため息の風によって霧が立ち込めている)。

〇大君の 遠の朝廷と あり通ふ 島門を見れば 神代し思ほゆ(大君の遠く離れた政庁として通い続ける海峡を見ると、神代の昔が思われる。
〇しらぬひ 筑紫の綿は 身に付けて いまだは着ねど 暖けく見ゆ(筑紫の綿は、まだ身に付けていないが、暖かさそうに見える)。
