先日が「立春」だと思っていたら、早くも二十四節気では19日から「雨水」の入りとなった。今日も寒い一日だったが、足の調子の再確認で四王寺山~大宰府天満宮を周回してみることにした。「立春」では三十三礼所を周回したので「雨水」でも「三十三礼所」を周回することにした。15km、6時間の行程だったが、足の異常は何も感じなかったので、もう心配することはないだろう。今年になって早くも2度目の三十三礼所巡りだった。少しは69年の悪行を払拭することが出来たかな(笑)。
政庁跡(9:43)~岩屋城跡~増長天~大城山(11:40)~33番礼所~主城原礎石群~大原山(13:53)~焼米ケ原~1番礼所~大宰府天満宮~政庁跡(15:46)。歩行距離15.okm。25日。
〇雨水・・・雨
水(うすい)とは、降る雪が雨へと変わり、雪解けが始まる頃のこと。山に積もった雪もゆっくりと解け出し、田畑を潤します。昔から、雨水は農耕を始める時期の目安とされてきました。宝満山の遠望を飾る政庁跡の紅白梅。

大宰府天満宮の「皇后の梅」(紅梅)が開花を始めていた。「飛梅」(白梅)はほぼ満開の状態になっていた。
〇「皇后の梅」・・・太宰府天満宮の本殿に向かって、飛梅の反対側(参道を挟んで左側)にあるのが皇后梅(きさいのうめ)です。 皇后梅は大正13年に、貞明皇后(大正天皇后)が参拝の際に、葉山御用邸より持参された梅の木をお手植えされたものです。

下記写真の上段は前回の記載漏れの33番観音。下段の写真は1番、2番観音。

鮎帰り滝は20番礼所。この場所だけ「三宝荒神」と「千手観音菩薩」の二種類の菩薩像がある。

今回は33番礼所から23番礼所に向かう際に、車道を歩かずに主城原礎石群を通過することにした。
〇主城原礎石群・・・この地区は南以外を深い谷に囲まれており、いくつかの建物跡からは土塁のある尾根筋や、北方の博多湾方面を見通すことができます。また発掘調査によって、ほかの地区にはない構造・規模の建物が集中的に建てられていたことが明らかになりました。特に最古段階の役所風建物の存在は、この地区が大野城築城直後、最初に特別な役割を担った地区であった可能性を示しています。

焼米ケ原からの展望。午後からは晴れる予報だったが、小雪の舞う寒い一日だった。

岩屋城跡からの展望。増長天。政庁跡から岩屋城跡に登り上がり、前回同様に増長天の傍にある32番礼所から礼所巡りをスタートした。

32番礼所~27番礼所。礼所の写真は面倒臭いから前回の礼所巡りの写真を利用(笑)。

26番礼所~21番礼所。

20番礼所~15番礼所。

14番礼所~9番礼所。

8番礼所~3番礼所。

ツルシキミの花。
