16日は、九州百名山(新版)に掲載されている山で唯一残っている未踏の「牛の峠」を歩くことにした(新版九州百名山掲載の山では、厳密には、長崎県の九千部山と多良岳に付随している三山も残っているが・・・)。「牛の峠」を踏破すれば、百名山地図帳で唯一未踏の積岩山にリーチがかけられる。随分と長い時間がかかったなと感慨に耽りながら三股町のスーパーの前から林道へと入って行った。「牛の峠」へのトライは二度目になる。前回は2018年にトライしたが、悪天候と地元の方の「猪注意」の警告にビビって登山口手前で引き返した。「牛の峠」は今回も自分には厳しかった(笑)。悪路の林道を3キロ程走った地点からは、未舗装の林道は前回以上に荒れ放題の道と化していた。まだ購入したばかりの新車だ。悪路に対応出来ずにパンクしたり、国見岳登山時の様な状態になり「困った時のJAF」のお世話にはなりたくないので、登山口までの4kmの道でやっとの思いでUターンして帰ることにした。残念な結末となったが、これで九州百名山へのトライは終了することにした。これで積岩山も登らなくて済む(笑)。九州百名山(旧本)、九州百名山(新版)、百名山地図帳に掲載された150の山々へのトライは、残り5山を未踏のままで終了することにした。2022年1月16日は、悔しい登山日として自分の記憶に留めておくことにしよう。
「牛の峠」から退散後は、宮崎県の海岸線を走行して、高千穂から阿蘇・九重へと走ろうかと考えていたが、火山の噴火による「津波注意報」が出ていたので、前日登らなかった白鳥山を目指して走ることにした。
霧島への途上で、「関之尾の滝」を見学することにした。都城周辺を走る度に標識を見かけていながら、一度も立ち寄らなかった滝なので丁度良い機会だった。下記写真は牛の峠への入り口付近と三股町から眺めた高千穂峰の遠望。

関之尾滝を見学した。
〇関之尾滝・・・大淀川の支流庄内川にかかる関之尾滝。滝の前にはつり橋がかけられ、滝を間近に見たり、飛んでくるしぶきと太陽光の当たり方によっては虹を見る事もできます。また滝の上流には、甌穴群があり、長さ600m、最大幅80mにわたって広がる小さい瓶のような穴の集まり。世界に類がないその規模と甌穴の数が多い事で、1928年に『国の天然記念物』に指定され、日本の滝100選にも指定されています。


霧島神宮に参拝・・・ビックリするくらいに参拝者が多かった。霧島神宮参拝後は白鳥山に登る予定にしていたが、出水まで走って海や花や鶴を眺めることにした。
〇霧島神宮・・・閑寂な老杉の濃い緑に包まれた参道・境内を抜けると、格調高い朱塗りの社殿の荘厳かつ豪華絢爛な姿があらわれます。
建国神話の主人公である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を祀った霧島神宮は、創建が6世紀と古い歴史を誇る神社です。最初は高千穂峰と火常峰(御鉢)の間にある背門丘に建てられたといわれていますが、霧島山の噴火による消失と再建を繰り返し、500年以上前に現在の場所に移されました。現在の社殿は島津氏第21代当主(第4代薩摩藩主)島津吉貴が、1715年に建立・寄進したものです。
年間100以上の祭儀が行われ、中でも元旦と2月11日に本殿で奉納される九面太鼓は、勇壮な郷土芸能として県内外から注目を集めています。この近辺には霧島の七不思議や古宮址などもあります。桜の時期には薄桃の花が、紅葉の時期には紅葉の赤と鳥居の朱がよく映えます。

嘉例川駅に立ち寄る。残念ながら評判の駅弁は売り切れていた。
〇嘉例川駅・・・1903年(明治36年)に営業を開始した築100年以上のレトロな木造駅舎。登録有形文化財に登録されています。JR九州主催の「九州の駅弁ランキング」で3年連続1位に輝いた「百年の旅物語かれい川」も人気!(土日祝日に駅舎内で販売)

黒之瀬戸大橋を渡って長嶋八景を鑑賞することにした。
〇黒之瀬戸・・・黒之瀬戸大橋(くろのせとおおはし)は、鹿児島県阿久根市と出水郡長島町の間にある黒之瀬戸(日本三大急潮)に架かる自動車・バイク用道路と歩行者専用通路を設けた橋である。1974年4月9日、日本道路公団による一般有料道路として供用されたが、1990年9月21日に無料開放された。
黒之瀬戸、あるいは黒之瀬戸海峡は、阿久根市脇本と長島の間にある海峡である。海峡の全長は2キロメートル程度、幅の広いところは1キロメートル程度あるが、もっとも狭いところは橋が架かっている梶折鼻と呼ばれる付近で350メートルほどとなる。潮流はもっとも速い時で8ノットから10ノット程度である。引き潮の時に八代海から黒之瀬戸海峡を通過して東シナ海に海水が流れ、逆に満ち潮になると東シナ海から八代海へと海水が流れる。昔から急流として渡るのに苦労する海峡であり、万葉集にも詠まれる海上交通の難所で、長島の産業と経済の発展を妨げていた。

本日一番のスポットである長崎鼻灯台公園で夕陽を眺めることにした。長崎鼻灯台は長嶋八景の一つに数えられている。今回は時間が足りずに、長嶋八景のうち、「黒之瀬戸」、「下り浜パーク」、「長崎鼻灯台」の三ヵ所だけの見学となった。次回の訪問時に期待することにしよう。
〇長崎鼻灯台・・・明治の時代、南西諸島や台湾から熊本三角港に向かう船の航路は、長島海峡から入り、熊本と鹿児島の間にある八幡瀬戸・元ノ尻瀬戸・蔵々瀬戸を通り、三角港に到達していました。この航路の重要な海の道しるべとして、明治30年にこの「長崎鼻灯台」、天草市牛深町の「戸島灯台」、天草市河浦町の「上的島灯台」が明かりを灯し、翌明治31年に三角町の「戸馳島灯台」、「寺島灯台」が点灯しています。いわば、この5基の灯台は同じ目的を持ってほぼ同じ時期に築造された「兄弟灯台」と言えるかもしれません。長崎鼻灯台は、先の大戦の空爆で大破しその後再建築されていますが、天草にある残りの4灯台は明治築造の姿で、今もなお明かりを灯し続けています。長崎鼻灯台は鹿児島県長島町の西岸、サツマイモ畑が広がる長崎鼻の先端にあり、6角形の美しい姿で、光源の明るさは15海里(約28km)と外洋航路の目標らしく大きな明かりを発しています。