13日は福岡市内近郊の山で首羅山と遠見岳を歩くことにした。首羅山(289m)は、山域が個人所有の為に公開日以外の登山は禁止されていたが、今年の3月から規制が解除されて常時登れるようになった歴史ある山で、何時かは登ってみたいと思っていた。遠見岳(323m)は10年前に一度登っただけで、久しぶりに当時の懐かしい思い出を振り返りながら登って来た。
首羅山・・・登山口(7:54)~山頂(8:51)~登山口(9:48)。歩行距離3.3km。141日。
遠見岳・・・伊野皇大神宮(10:14)~山頂(10:47)~伊野皇大神宮(11:48)。歩行距離2.3km。
白山神社に参拝後に、神社裏手の登山口をスタートする。289mの低山だから天拝山くらいに簡単な山歩きを想定していたが、意外な急坂で汗びっしょりになって歩いた。
白山神社。。。拝殿は大正9年、本殿は昭和2年の建立です。それ以前、は白山山頂付近の花ノ木原にありました。山頂付近には延享4(1747)年銘の石製の祠があり、現在も「上の白山さま」として信仰が続いています。 白山は「首羅山」とも呼ばれ、伝承では天平年間の開山とされます。『筑前国続風土記』によると、むかしは大社で350もの坊がありましたが、天正年間にすべて焼亡したと記載されています。現在も山内には坊跡や堂宇の跡が随所に残り、当時の繁栄の跡をよく残しています。 毎年11月には大祭が行われ、大晦日から元旦には獅子舞が奉納されます。

上宮手前の鎌倉時代の石段(66段)は修復中で歩行禁止になっていた。下段は首羅階段(108段)。

二ヵ所の展望台からの展望。

262m地点にある上宮。首羅山の聖域であったであろう山頂部では大陸との深い関りを示す遺物が発見されています。平安時代の終わりには、中国人名が書かれた経筒が江南産の美しい四耳壺に入れられて埋納され、鎌倉時代には薩摩塔や宋風獅子が安置されていました。宋風獅子とは九州の西側半分に偏在する中国大陸ゆかりの珍しい石造物です。

首羅山(白山)山頂。展望は残念ながら雑木に囲まれて無かった。山頂からの下山路は、桜山を経由して猪野登山口に下りるルートがあって、遠見岳に登るには便利だが、初めての山なので、登山路の周辺を良く観察しておこうと思って、来た道を往復することにした。首羅山は、2013年に国史跡に指定され現在は本谷地域のみが整備中で立ち入り禁止になっている。懸念していた藪蚊はほとんどいなくて、未踏の登山路を興味深く歩くことが出来た良き一日だった。下山後は遠見岳登山に向かった。

遠見岳は首羅山への登山が解禁になって以来、一緒に歩く登山者が多いみたいだ。二つの山を一緒に歩けば、6km、四時間程度の登山が楽しめるので、丁度良い山歩きになる。遠見岳は、「福岡県の山歩き」には、「悠久の歴史を秘めた知る人ぞ知る山「」と紹介されている。前回登ったのは、2012年の2月だから、実に8年ぶりの登山となった。伊野皇大神宮に参拝後に山頂を往復した。
伊野皇大神宮・・・
九州の伊勢」と呼ばれ、神殿や建物の配置も伊勢神宮を模して築造されました。天照大神・手力雄神・萬幡千々姫命を祀る由緒正しいこの神社は、近くを猪野川が流れ、夏には涼を求めて多くの人が訪れます。また毎年春には大祭が催され、剣道や柔道の奉納試合に多くの人が訪れます。境内に生える欅の大木は町指定文化財に指定されており、周囲に自生する紅葉は秋の境内を美しく彩ります。※毎月1日と15日に社務所が開いています。
遠見岳への登山路は全く記憶に無かった。

遠見岳山頂からの眺めは素晴らしいの一語に尽きる。正面に立花山を見て、西に背振山から雷山、糸島の山々が連なり、博多湾、福岡市街が一望出来る。東に目を転じれば、海に浮かぶ島々とその先に水平線まで拡がる玄界灘の眺めは雄大。「日本書紀」に「神功皇后三韓出兵のみぎり高岳に上がりて異国を望みたまいしところ」とあるそうだが、高岳とはこの遠見岳のことらしい。


花の少なくなった季節でもあるが、首羅山、遠見岳の登山路では山野草を殆ど見かけなかった。神社のすぐ裏にアリドオシが沢山あった。キガンビ。近郊の低山歩きを楽しめた良き一日だった。後二週間もすれば九州の高山では紅葉も始まる。楽しみだ!!。
