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そうだ!山に登ろう

登ってきました!あの山この山!

平塚川添遺跡と九州歴史資料館。

今日の午後から歴史散策の初めの一歩で、朝倉市の「平塚川添遺跡」と小郡市の「九州歴史資料館」を訪ね歩いて来ました。九州内の山歩きをしたお陰で、数々の史跡を見聞することが出来ましたが、その場その場の断片的な知識でしかありませんでしたので、来年からは、色んな文献を読み、資料館を訪ねて、日本国のルーツを少しながら勉強してみようと思いました。当分の間は、これで暇つぶしが出来そうです(笑)。


平塚川添遺跡は、1992年に発掘された弥生時代後期の大環濠集落跡です。この巨大集落には六重の濠がめぐらされ、三百棟以上の竪穴住居、十棟あまりの掘立柱建物が見つかっています。邪馬台国時代にあった国の一つの中心に違いないと見られます。発見時は、吉野ヶ里遺跡ほど騒がれませんでしたが、発掘区域を広げれば吉野ヶ里遺跡をしのぐ可能性もあるそうです。出土する青銅器の形から見ても、平塚川添、吉野ヶ里を含む筑紫平野は一つのまとまりを成しているそうです。平塚川添遺跡は邪馬台国の一部か?・・・早くもワクワクしてきました(笑)。
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遺蹟の敷地内に「タカナベカイドウ」の花木が植樹されていました。高鍋カイドウは、宮崎県の高鍋町牛牧の湿地に自生していて、地元の人には「牟田桜」と呼ばれていたそうです。現在は同地の民家に庭木として株が保存されているそうです。この公園内のものは、4月初旬に美しいピンクの花を咲かすそうです。
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平塚川添遺跡を見学後は、小郡市の「九州歴史資料館」を訪ねました。立派な建物でした。写真の一番奥の場所に見えるのが、私の日田の家の前を流れる小野川流域で発見された、約9万年前の阿蘇山の火山噴火による火砕流によって埋没した樹木の一部です。阿蘇山から日田の家までは、約70km離れていますが、そこまで阿蘇噴火の火砕流が流れてきたわけですね。物凄い噴火だったんですね。
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今日の朝陽新聞の「旅しよ!」に紹介されていた小郡市内の「如意輪寺」に参拝しました。如意輪寺は、別名「かえる寺」と呼ばれるほど、蛙の置物で一杯です。約6600平方メートルの境内には、約五千体の可愛い置物が所狭しと並んでいます。
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by kabuto1952 | 2018-12-21 21:23 | 歴史散策 | Trackback
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