唐津オルレ・・・春うららの海景色。
2017年 03月 02日
オルレのコースは前田利家陣跡から波戸岬の先端部にある岬神社まで歩きます。壮大な名護屋城を取り囲む各戦国大名の陣跡を巡るのも、時の勢力関係を想像したりして楽しいウォーキングとなりました。。
「太閤が睨みし海の霞かな」・・・豊臣秀吉は、十数万の大軍を持って朝鮮半島に攻め込みました。有史以来、時の権力者が狭い海峡を挟んで殺戮を繰り返す行為は、本当に愚かな人間のする野蛮な行為ですね。
名護屋城を経て海岸線の歩きになると、天気が回復して綺麗な青空が広がってきました。海が綺麗で爽快な気分になりました。見事な柱状節理の海岸線でした。
波戸岬海水浴場に到着しました。昼になりましたので、名物屋台に立ち寄りたいところでしたが、帰りのバスの時間を確かめて岬の先端部へと歩きました。
波戸岬の先端部には神社と灯台があります。此処まで歩いたのは初めてでした。
波戸岬の恋人の聖地モニュメントと海中展望塔にも立ち寄りました。
サザエのつぼ焼き屋台ではゆっくりと休憩したいところではありましたが、バスの時間が迫っていましたので、慌しく名物のサザエのつぼ焼きを食べました(3個500円)。
オルレの終了後は、呼子大橋を渡って加部島に渡り、島内観光をしました。まずは半島先端部の灯台を目指しました。半島の断崖の上に杉の原牧場がありました。素晴らしい青々としたのどかな海の風景でしたが、残念ながら灯台の近くまでは歩行禁止で進入出来ませんでした。
30年振りの「風の見える丘公園」でした。
最後は天童岳(122m)に登りました。此処にも佐用姫の像がありました。
*今から一四五〇年前。兵を率いて松浦の里に滞在していた大伴狭手彦は、長者の娘佐用姫と恋に落ち、やがて新羅出兵に船出する。佐用姫は鏡山の頂から領布を振り名残を惜しみ、ついには船を追って、呼子の加部島へと渡り、悲しみのあまり石となってしまった。佐賀県唐津市に、日本三大悲恋伝説として伝わっている佐用姫伝説。その佐用姫が鏡山から駆け降りた場所が唐津にある佐用姫岩で、その足跡が今も岩に残っているそうな。
島内の大半の花はヤブツバキとハナダイコンでしたが、海岸では名残のダルマギクも見つけることが出来ました。