高野山参拝その2
2012年 09月 14日
12日・・・小倉駅新幹線口(16:20)~新門司港(17:20)(阪九フェリー)
13日・・・泉大津港(6:00)~高野山(壇上伽藍、金剛峰寺、奥の院、赤松院、霊宝館)~泉大津港(17:30)(阪九フェリー)
14日・・・新門司港(6:00)~小倉駅(6:53)~南福岡駅(8:20)
のあわただしい日程でした。
船旅は情緒があっていいですね。但し格安ツアー(9800円)でもありますので、二等船室の振動は五臓六腑に響き渡ってなかなか寝付けませんでした(笑)

九州からフェリーで行く高野山は遠いです。昼食時間を入れての半日では聖地の全てを見学しようなんて絶対に無理ですね。高野山案内人に、立て板に水を流す如く流暢に説明をいただきましたが、なかなか一度では記憶出来るものではありません。壇上伽藍、金剛峰寺、奥の院、霊宝館を見学しましたが、再度ゆっくりと参拝に行くつもりです。特に今回はツアーですので、高野山山上へはバスで乗り付けましたが、次回は高野山への表参道である「町石道」と呼ばれる慈尊院からの23キロの道を歩いてみたいものです。過去には山上へは歩いて登らねば功徳が少ないと信じられ、白河上皇や鳥羽上皇でさえも輿を下り、険しい山道を「行」として一歩一歩登ったとのことです。

今回とても幸運であったのは、金剛峰寺代412世座主であられる松永有慶座主に拝謁出来たことです。

高野山第一の聖地である弘法大師御廟は撮影禁止でした。一の橋から御廟までの約2キロの参道の両脇には、墓原が広がり、著名な歴史人物の墓には標識が付けられています。

写真上段が豊臣秀吉、下段が織田信長の墓です。

東日本大震災の供養塔も建立が始まったところでした。

昼食は赤松院(宿坊)で精進料理をいただきました。高野豆腐、ゴマ豆腐はなかなか美味でした。

赤松院の襖絵は狩野探幽、掛け軸は狩野元信の描いた物とのことです。左甚五郎作の獅子像もありました。

現在「霊宝館」では「清盛時代の高野山」特別展で、28年ぶりに「血曼荼羅」が公開されています。1156年に、清盛が大塔を再建しと時に両界曼荼羅を製作し金堂に安置したと伝えられています。その際に、胎蔵界曼荼羅の中心、大日如来の宝冠部分に清盛の血を混ぜて描いたと言われています。「大河ドラマ」でもその場面が放映されましたね。余談ですが、私は毎週楽しみにしている「平清盛」ですが、大河ドラマ始まって以来の低視聴率らしいですね。とても面白いと思うのですが・・・。

名残惜しい高野山見学でした。本当にアッと言う間の時間でした。私の「熊野詣」は 始まったばかりです。大峰奥駆道、高野三山、大辺路、小辺路、町石道等の古代より伝わる熊野の信仰の道をより多く歩いてみたいものです。
*帰りの航路では、明石海峡がライトアップされて綺麗でした。また今夜も四国の石槌山に向ってフェリーに乗ります(笑)フェリーのレストランでの夕食は大盛カレーとサラダ(1200円)、翌日にシシリアンライスとトマトスープ(1050円)を注文しました。カレーは先日「噂のカレー」を食した後ですので、とても美味いとは思えませんでした。シシリアンライスは野菜たっぷりの洋食とばっかり思っていましたら、吉野家の牛丼の延長みたいな物でした。おまけに味噌汁付きです。味噌汁とトマトスープは合うとは思えませんが・・・(笑)


おみやげは「高野マキ」と「家内安全」の御札と「幸せな笑顔」です。横を通過したバスの垂れ幕が一瞬「頑張れアルピニスト」に見えました(笑)


