そうだ!山に登ろう

登ってきました!あの山この山!

日向=北九州説・・・(天孫降臨伝説の地)

昨日散歩の途中で本屋に立ち寄り、週刊誌を立ち読みしていると、「歴史人」の特集(「古事記」「日本書記」と古代天皇の謎)が目に留まりましたので早速購入してきました。特集記事の中で特に興味を持ったのは、12日に「天孫降臨の地」と伝承される高千穂オルレコースを歩いたばかりですので、「神武東征」伝承を裏付ける本当の「日向」の場所とは・・・「日向=宮崎説」を覆す「日向=北九州説」の記事でした。私が単純に考えたのは、何のことは無い、その「実際の日向と思われる地域」を調べて歩いてみることです(笑)。


以下「歴史人」の記事の中より抜粋しています。
「日向」北九州説・・・実際の日向は北九州で、福岡県の玄界灘沿岸にあったとの見解が多い。旧地名で言えば、筑前の早良郡・怡土郡の地域であり、現在の地名では福岡市の西区あたりから糸島市にかけての地となる。ここが、福岡平野の那珂川流域にあった海神族の国「葦原中国=奴国」を屈服させて天孫降臨があった地域だとされる。・・・・西区と糸島市の境界あたりには日向峠・日向山やくしふる山の地名も残る。
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*高祖山(たかすやま)は、福岡県福岡市と糸島市の境に位置する標高416mの山である 。高祖山には古代の怡土城と中世の高祖城(原田城)の跡がある。 ... 高祖山には南に もう一つの峰があり、これを「くしふる山」と呼んでいた、と推定される(文献には、「椚( クヌギ)~、民家の後ろにあるをクシフル山と云ひしを誤りて椚と云ふに至れり」とある)。

*「吉武高木遺跡」は福岡市の西区早良平野にある。飯盛山山麓に広がる扇状地で、真中を室見川が流れ南には佐賀県と境を接する背振山系がひかえている。川を下れば程なく玄界灘にいたる場所である。このあたりは吉武遺跡群として知られ、高木遺跡以外にも「吉武大石遺跡」、「吉武桶渡遺跡」などが弥生の遺跡として有名である。又近くには弥生後期から古墳時代にかけて大集落があったと推定される「野方遺跡」も復元住居をともなって公開されている。「吉武高木遺跡」は弥生前期末から中期初頭の遺跡で、「多紐細文鏡」(たちゅうさいもんきょう)をはじめとする鏡や青銅器、勾玉など、豪華な副葬品が出土した事と、弥生前期としては初めての、「高殿」と呼ばれる大型建物の跡が発見された事により一躍有名になった。

今度高祖山で御来光を眺めて見たいと思います。あの山頂から御来光が見えるかな??。

ベランダの花が咲き始めてきた。枯れたと思っていたギョリュウも新芽が出始めている。クリスローズは我が家に来て20年近い御婆さんだが、毎年頑張って開花する・・・見習わないと。
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by kabuto1952 | 2017-03-14 09:32 | 歴史散策 | Comments(0)
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