そうだ!山に登ろう

登ってきました!あの山この山!

霜降の散歩道・・・天拝山と春日公園。

今週央は由布岳、英彦山の紅葉鑑賞の予定でしたが、なかなか天候に恵まれませんね。26日は朝焼けの風景を狙って天拝山を歩き、その後に二日市から大宰府天満宮まで歩き、国立博物館で「鳥獣戯画」を鑑賞するというアカデミックな散歩道を考えました。ところが、早朝の一番電車(5時25分)に乗って天拝山に登ったまでは良かったのですが、早朝には晴れ上がるであろう天気予報に反して、生憎の曇天で朝焼けもご来光も鑑賞出来ませんでした。時間が余り過ぎますので、一旦帰宅して午後から同じルートを歩こうと思いましたら、今度は出発と同時に雨が降り出す始末となりました。止む無く「鳥獣戯画」だけの鑑賞に絞って、西鉄雑餉隈駅にて「入場券+乗車券」を購入しようとしましたら、窓口の方が言われるには、「鳥獣戯画」の鑑賞は50分待ちの状態らしいです。流石に九州初公開の国宝ですね。平日でも超満員みたいです。イラッチの私にはとても耐えられる待ち時間ではありませんね(笑)。結局夕方の散歩は春日公園往復という予定外の一日になりました。
自宅~JR二日市駅~天拝山~JR二日市駅~自宅。6.8km。
自宅~春日公園往復。5.7km。



夜明け前の住宅街、温泉街の道は暗いです、不審な男と疑われない様に、キョロキョロしないで背筋を伸ばして歌を口ずさんで歩きました。武蔵寺では、賽銭泥棒と勘違いされない様に、10円硬貨を音高らかに投げ込んで一番蝋燭と線香を灯しました。
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天拝山にはご来光に間に合う様に、登山口から18分で駆け上がりましたので、汗びっしょりになってしまいました。生憎の曇天で、山頂からは朝焼けもご来光も鑑賞出来ませんでした。
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天拝山山頂にはツワブキが沢山開花していました。天拝公園のモミジも紅葉がだいぶ進んで来ました。
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新聞にも掲載されていましたが、JR二日市駅西口と温泉街を繋ぐ道路工事がなかなか進展しないみたいですね。駅が目の前に見えるのですが、迂回して踏切を渡って駅に向かわないといけません。残り僅か200mの道路が出来上がれば、駅周囲が随分と綺麗に整備されて便利になるんですけどね。
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「鳥獣戯画」は残念でした。前後期で絵の展示が変わりますので、近々鑑賞に行きたいと思っています。雑餉隈商店街でリンゴ3個とシュークリーム4個を購入して帰宅しました。シュークリームは、雨の降る平日は一個150円の品が100円に値下げされます。雨の降る日の小さな幸せですが、減量対策としての散歩が無駄になりますね(笑)。
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春日公園のモミジバフウ、サトウカエデの紅葉も進んできました。晴天時に観ればもっと綺麗なんでしょうが、山の紅葉と一緒で、雨天や曇天で眺める紅葉風景は気分も暗くなります。
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アメリカハナミズキの実、ギンモクセイ、季節外れのモクレンの花、モミジバフウの実。
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春日公園横の自衛隊道路の銀杏並木もやっと黄色く染まって来ました。メリケンムグラと季節外れのボケの花が傍に咲いていました。
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田部井さん有難うございました。10月26日朝日新聞朝刊の「天声人語」を紹介します。
山の美しさがすぐに目に浮かぶ季語がある。「山装(よそお)う」は、秋の紅葉におおわれるさまを描く。冬の深い雪に閉ざされれば「山眠(ねむ)る」となり、夏になり緑にあふれれば「山滴(したた)る」。20日に77歳で亡くなった登山家の田部井淳子(たべいじゅんこ)さんのお気に入りは、春の「山笑(わら)う」だった▼木々が一斉に芽吹いて山一面が笑っているようで、一番元気が出る季節だと書いている。大学進学で福島から上京し、寮生活になじめず体調を崩したときも、笑顔をくれたのは山だった▼友人に連れられて行った奥多摩の御岳山(みたけさん)をきっかけに山を歩くようになる。赤城山、八ケ岳、谷川岳……。東京生活で眠っている体の細胞が「山に行くと『解放!』となって、なんだか力が湧いてきて、イキイキしてくるような感覚がありました」(『私には山がある』)▼社会人になって、男性にまじって毎週のように山や岩に登った。1975年、雪崩に巻き込まれて死を覚悟しながらも、女性初のエベレスト登頂に成功した。その後も次々と世界の頂に立った▼大きな挑戦をしながらも、子どもを育て、普通の生活を営むことにこだわった。登山が一部の人しか行けないような難しいものであってはいけない、との思いからだろう。競争もなく、特別な才能もいらない「万人向けのスポーツ」だと訴えた▼晩年は、抗がん剤治療を受けながら、東日本大震災で避難した人たちと山を歩いた。自然から元気をもらい、登ることの厳しさと楽しさを分かち合い続けた人生だった。


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by kabuto1952 | 2016-10-27 04:28 | 福岡県の山 | Comments(0)

by いーさん
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